大学で建築を専攻する以前に情報科学というものを専攻してました。情報科学もおもしろい分野だったのですが、大学2年の頃、ふと出会った一冊の本に魅せられて建築の世界に足を踏み入れることを決心しました。
それは建築家、安藤忠雄さんの『建築を語る』という本でした。そこには社会の中で建築を成立させることの大変さやそれに伴う困難、心の葛藤などが描かれていました。しかし、だからこそ得られる喜びについても書かれていて、こんなに素晴らしい世界はないと感じました。
それから大学に再入学するという形で建築を学び始め、設計することの楽しさに没頭する毎日を過ごしました。しかしある時、設計のゴールが何なのかが漠然と分からなくなった時期がありました。確かに設計課題はもともとアンビルトですから実感が湧きにくいのは事実なのですが、それ以前に雑誌に載っている現代建築を見てみてもいまいちピンとこない。建築家の言説もまやかしのようにしか聞こえない。形ではなく、何のために建つのかが見えにくくなってきたように思えました。
そのようにして、建築が建つ背景や枠組みの方に関心を持つようになりました。そこで出会ったのが東京大学で開催された「都市空間の持続再生学(SSD)」というシンポジウムでした。それは世界の都市再生事例を100個集め、編集し直すという試みのものでした。そこで最も気になったのがスペインのビルバオにおけるグッゲンハイム美術館(フランク・O・ゲーリー設計)でした。確かにこの建築はインパクトがあるし、初めて見た時は何か新しい建築の時代の到来を予感しました。しかし、知れば知る程この奇抜なデザインの建築が意味するものが理解できなくなっていったのです。
もともとビルバオという街は鉱工業で栄えた街でしたが、1970年代以降の重工業の衰退とともに疲弊し、環境問題と失業問題という2つの課題を抱えていました。そしてネルビオン川沿いは市街地と隣接していながらも、かつての鉄道操車場跡地が残る「都市の裏側」でした。
ビルバオの手法はここに非常にインパクトのある美術館を設計し、アクセスの少なかった川に橋を架け、歩行者空間を拡充し、市民生活の中心軸とするやり方でした。さらに、トラムを延長させ、パプリックアートを配しました。このように実に多様な仕掛けで、一つの場所がゆっくりと意味を持ち始めたのです。今では川沿いにオフィスや住宅、商業施設などが集まり、この効果は「ビルバオエフェクト」と呼ばれるほどです。
東京とビルバオではその質や背景は異なりますし、必ずしもビルバオの手法が適切だとは思いません。しかし、建築を一つの軸足として都市を良くしていこうという態度は何も建築家だけではなく、行政や市民も同じ気持ちなのではないかと思います。そして同時に一つの場所をデザインするには無数の人の努力と知恵を要することを知りました。
そういう気持ちを大事にこれからの都市の在り方を考えて行こうと思っています。
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