2010年2月24日水曜日

SESSION

後輩たちの卒業制作がいよいよ終焉を向かえました。
それぞれに想いがあると思いますが、一ヶ月間本当にお疲れさまでした。

自分もちょうど一年前を思い出します。
その後渋谷UPLINKにてダイキさん主催のイベント「6Q」に参加。
第二回目で、東大×東工大×芸大の三大学による修士設計・制作の合同発表会です。

文化祭でダイキさんとはQ.E.Fというイベントに一緒に関わったということもあり楽しみなイベントでした。
ゲストも非常に豪華で会場も盛り上がってはいましたが、即興で語るという展開はなかなか難しいなという印象。
でもこれまでにない非常にチャレンジングな試みだったので刺激的なイベントになったのではないでしょうか。
本当にお疲れさまでした。

最近になってようやくLRAJ2010やBIARCHで行われた塚本さんの講演を観て、現代の議論の場を多少なりとも総ざらいした感がある。
非常におもしろいキーワードやテーマを得るもやはりどこか自分の興味が少し離れたところにあることを実感する。
それはやはり八木研での二年間、特に昨年の一年のゼミを通して経験してきたことが大きい。
八木研を通して身につけたことは「相対化」という一言に限る。
それはもちろん先生や刺激的な先輩の影響があるけれど。

個人的に塚本さんの研究者としての思想はとても魅力的に映るし、確実に影響は受けている。
東工大ではそういう文脈が未だに支配的だけどこの二年はそこから切り離した上で自分の軸、興味を先鋭化する過程だった気がする。

そういう意味でまたおもしろい機会を得た。
観たい建築もみれそうなので期待。明日からちらっと旅に出てきます。

2010年2月19日金曜日

整理

シンプルにすることがデザインだとは思わないけど整理することはすごく大事だと思う。
それはもちろん思考のレベルでもそうだけど、その前に実際のモノや空間を整理することも同じく重要だと思う。

そうは言ってもやることが増えてくると、あれもやらなきゃこれもやらなきゃでいろんなことが後回しになっていたというのが正直なところ。

そこで力を貸してくれるのがTo do listというアプリ。
要はやることを書いておくとその件数を表示してくれるだけの超シンプルなアプリなんだけどそのシンプルさがいい。

だいぶ遠回しな言い方になったけどいろいろなことが片付いてきたっというのが近況です。
先生のクロニクルをまとめたボードやまたいずれ正式にお知らせしますが東工大百年記念館の改装計画もゴールが見えてきました。
それから研究室の荷物をまとめて本を整理した。
研究室での仕事もいよいよ終わりです。

あとほんとしょーもないことで言えば、Windows⇄Mac間で文字化けしてたiTunesに入ってた曲を全部直して整理したら世界が変わった。


実は整理して一番いいことは次に何をやるかが明快になることだと思う。
そういえば製図室に入って一番最初に教わったことは整理することだったな。

2010年2月11日木曜日

TOC-day


こないだ、オペラシティにセシル・バルモンド展を見に行った。
Hedgeが1:1で見れたのは良かった。相変わらず不思議な構造。
コリドールに展示されている幾つかのプロジェクトのストラテジーの話がやはりおもしろい。

その後、バイト終わりの仲間たちとHUBで一杯。
久々にいろんな話ができて楽しかった。


その時教えてくれたLadyGagaの歌がこの一週間頭から離れない。

2010年2月10日水曜日

ダンス・ダンス・ダンス

さっき家に帰ってきたんだけど、夜中にこれだけ暖かいと気分が高揚してくる。
どうやら春は近いらしい。


ところでその春から僕は働くことになっている。


それはいいとして、今僕は修士の1年という環境にある。
つまり大学を辞めなくてはならない。
もちろんそのつもりでいた。


でも動いてみるもんだ。
可能性はいろんなところに転がっている。


話を少し巻き戻すと、就職先から求められた書類で発見したことに端を発する。
一つの質問、『修士号を取る意思はあるか?』


ん?そんなことができるのか?
社会人ドクターは聞いた事があってもマスターは聞いたことがない。

慌てて就職先に確認→どうやら可能らしい。
むしろ奨励している。

次に大学に確認→問題なし。


なるほどね、そう来たか。


でももし働きながら論文を書くにしても時間の管理がすぐにうまく行くとは思えない。
いずれにしても休学は免れないだろう。

でもその場合、問題が一つ。
自分がいる研究室が3月でなくなってしまう。
ということは、4月以降大学に残るにも籍が宙ぶらりんになってしまう。
就職がなければ2年次に移動しようと思っていた奥山研究室はもちろん僕が来ないつもりで安心しきっている始末。

つまり、もう一度奥山先生のところに行って頭を下げて籍を置いてもらうということをしなくてはならない。
なお、奥山研は大が付くほどのマンモス研究室。一人でも学生は少ない方がいいに決まっている。


やれやれ。


でも、可能性は潰してはならない。
ステップを踏み続けなくてはならない。


早速八木先生に状況を説明。
ご理解いただき奥山先生に連絡していただく。
ありがたい。


数日後、奥山先生より連絡が来る。
すぐに連絡をとり、直接お会いすることに。


奥山先生にまずは就職できて良かったなと言っていただく。
その後、勤めているという旧友やコンペで取った公共施設を担当した役所の方との縁などいろいろなお話をしていただく。

結論から言うと、修士として籍を残すのは構わない。
ただ条件として論文を書く一年は休職しろとのこと。

確かにそれはもっともかもしれない。

で、重要なのは修士号がどのフェーズに対して有効なのか把握することで
問題は休職する一年がキャリアにひびくかもしれないということ。
もしそうだとしたら慎重に判断しなくてはならないと。


というのも先生はとにかく偉くなれと、さらっとディープなことを語った。
建築家は力というものをよく心得ている。

まあそんなふうに言うと語弊がありそうだが実際は全然そんなことはなくて、こんな一介の学生の進路をきちんと考えて下さった優しさと偉大さに感動したのであります。

あんな大人になりたいものだ。


とにかく、転がった。
いずれにしても考える余白ができたということは大きい。


ところでたまに自分はA型でしょう?とか左脳で考えそうとか言われるけど、全然そうではない。
常に直感で決めている、気がする。
血液型なんて未だに知らない。ま、その話をすると長くなるから次にゆずるとして。


今回は伏線があったから動けたけど、いつもはこんなカンジでぴくっと脳が動いたら反応する完全なる右脳派だと思う。


ま、経歴みればそりゃそうか。。

もちろん正しいかどうかは分からないけど動くと必ず何がしかの結果がついてくることだけは確かだ。
僕はそんなふうにしか生きられない。

2010年2月7日日曜日

書を捨て、街へ出よ

イントゥー・ザ・ワイルド。2007。

これは単なるロードムービーでも、自分探しの旅でもない。
真理を見つけるための手段としてただ旅があっただけだ。

真面目に、真面目に物事を考えていくとこういうこともありうるのかもしれない。
だから正しいとも言えるし正しくないとも言える。

でも、彼の言動や行動に共感しない人なんてきっといないはずだと思う。

2010年2月4日木曜日

表現


百年記念館での手伝いも悪い事ばかりではない。
余っていたという展覧会のチケットを貰ったので早速、世田谷美術館へ。

2002年に亡くなった内井昭蔵の回顧展が開催されている。
正直、内井昭蔵についてはそれほどよく知らなかったがかなり密度の濃い展示だった。
父親、祖父が共に建築家で幼いころから製図板やトレーシングペーパーがすぐにそばにあったという。

またそれぞれ教会建築に多く携わっており、独立してすぐにそのルーツを探りに函館や横浜に足を運んでいる。
そのディテールを見た時に自分のルーツを発見したという。

また、内井は言葉よりもモノとしての建築に重点を置いている。
建築家の責務は建築を作る(で答える)ことであるという当たり前かつ最も重要な態度を示している。
細部を見ればそれは明らかで、どの細部にも意味が込められている。

僕は世田谷美術館がとっても好きだけれど、良い悪いはこの際置いておくとしても建築は素材の構成で意図を表現できるのだという大変前向きなメッセージが込められているように思えてならない。

2010年2月1日月曜日

時間

先週から今日まで修論の手伝いでフルに学校へ行っていたので、更新が遅れた。。


とにかく終わってよかった。いろいろと思うことはあるけどまずは一区切り。

12時に提出して、S氏と即ビール。
散歩がてらにもう一度スキーマの住宅を見にいく。

でも雨が降ってきたので慌てて帰宅。


だいぶ眠かったがこのまま寝てしまうのは何かためらわれたので帰りにDVD借りる。

ベンジャミン・バトン。なかなかおもしろい。
大きな興奮や感動はないけど、心に残る後味の良い作品だった。
自然と人生や時間について考える。

そういえば学生もあと数週間か。
まあフツウに考えたら同世代でまわりに学生やってるヤツなんかいないんだが(笑)


でも、あの時自分で決断をしたことはよかったと思ってる。
知り合いゼロの初日の製図室で銀マットを敷いて一人泊まった日のこと、あの床の冷たさは一生忘れないだろう。


おっと振り返るにはまだ早い。
とにかくまだまだやることはある。