2010年2月10日水曜日

ダンス・ダンス・ダンス

さっき家に帰ってきたんだけど、夜中にこれだけ暖かいと気分が高揚してくる。
どうやら春は近いらしい。


ところでその春から僕は働くことになっている。


それはいいとして、今僕は修士の1年という環境にある。
つまり大学を辞めなくてはならない。
もちろんそのつもりでいた。


でも動いてみるもんだ。
可能性はいろんなところに転がっている。


話を少し巻き戻すと、就職先から求められた書類で発見したことに端を発する。
一つの質問、『修士号を取る意思はあるか?』


ん?そんなことができるのか?
社会人ドクターは聞いた事があってもマスターは聞いたことがない。

慌てて就職先に確認→どうやら可能らしい。
むしろ奨励している。

次に大学に確認→問題なし。


なるほどね、そう来たか。


でももし働きながら論文を書くにしても時間の管理がすぐにうまく行くとは思えない。
いずれにしても休学は免れないだろう。

でもその場合、問題が一つ。
自分がいる研究室が3月でなくなってしまう。
ということは、4月以降大学に残るにも籍が宙ぶらりんになってしまう。
就職がなければ2年次に移動しようと思っていた奥山研究室はもちろん僕が来ないつもりで安心しきっている始末。

つまり、もう一度奥山先生のところに行って頭を下げて籍を置いてもらうということをしなくてはならない。
なお、奥山研は大が付くほどのマンモス研究室。一人でも学生は少ない方がいいに決まっている。


やれやれ。


でも、可能性は潰してはならない。
ステップを踏み続けなくてはならない。


早速八木先生に状況を説明。
ご理解いただき奥山先生に連絡していただく。
ありがたい。


数日後、奥山先生より連絡が来る。
すぐに連絡をとり、直接お会いすることに。


奥山先生にまずは就職できて良かったなと言っていただく。
その後、勤めているという旧友やコンペで取った公共施設を担当した役所の方との縁などいろいろなお話をしていただく。

結論から言うと、修士として籍を残すのは構わない。
ただ条件として論文を書く一年は休職しろとのこと。

確かにそれはもっともかもしれない。

で、重要なのは修士号がどのフェーズに対して有効なのか把握することで
問題は休職する一年がキャリアにひびくかもしれないということ。
もしそうだとしたら慎重に判断しなくてはならないと。


というのも先生はとにかく偉くなれと、さらっとディープなことを語った。
建築家は力というものをよく心得ている。

まあそんなふうに言うと語弊がありそうだが実際は全然そんなことはなくて、こんな一介の学生の進路をきちんと考えて下さった優しさと偉大さに感動したのであります。

あんな大人になりたいものだ。


とにかく、転がった。
いずれにしても考える余白ができたということは大きい。


ところでたまに自分はA型でしょう?とか左脳で考えそうとか言われるけど、全然そうではない。
常に直感で決めている、気がする。
血液型なんて未だに知らない。ま、その話をすると長くなるから次にゆずるとして。


今回は伏線があったから動けたけど、いつもはこんなカンジでぴくっと脳が動いたら反応する完全なる右脳派だと思う。


ま、経歴みればそりゃそうか。。

もちろん正しいかどうかは分からないけど動くと必ず何がしかの結果がついてくることだけは確かだ。
僕はそんなふうにしか生きられない。

2 件のコメント:

  1. 色々と動きがあったようだね.
    選択肢が増えて生じた余白の分,
    自由度の上がった手足が躍動したがっているように感じられます.

    確かに右脳的な所あるよね.
    ただ,一方で理論面も結構強いと思われる.

    方向は直感で,距離は理屈で決めてる感じ(?).
    便利な表現を使えば,「バランスがいい」と言えるでしょうか.

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  2. 総じて、慎重さとの天秤でしょうか。

    距離は理屈てのも合ってるかもね。
    閃いたことに確信が持てるような理由づけがあると『行ける』。

    でも一方で考えなんかどうでも良くなって、『行くしかない』って時もある。

    少しキケン。。


    もう少し想像力を先に伸ばす必要性を感じる。

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