もちろん味といっても塩やみそのことではない。
いいなあと思う人やモノには必ず味がある、あの味のこと。
昔、「いき」の構造(九鬼周造 著)というのを読んだ時「いき」は「諦め」に起因する「自由さ」だということが書いてあり、なるほどいいことを云うものだななどと関心してしまった。
味がある人は魅力的である。
しかしそれを「個性」とかたずけてしまうには抵抗がある。
味は一見、特殊性を持つことだと思いがちだが、そうでもない。
平凡な人の中にこそ、味は宿る。
かといって、特殊性と凡庸さのバランスと捉えるのも腑に落ちない。
そもそも平凡って何?特殊って何?などと考え出すときりもなさそうなので、そろそろ寝ることにしようじゃないか。




